東雲総合法律事務所:東京都中央区日本橋の弁護士事務所東雲の由来

法律の窓

点滴への薬物混入

2016.10.22更新

最近季節の変わり目で、体調があまり良くないのよね。食欲も湧かないし。
そうなんだ。それじゃ、すぐそこの病院で栄養剤でも点滴してもらったらどうだい。
嫌よ。点滴に薬物が混入されたら大変じゃない。
最近、そういう事件があったからね。しのちゃんが心配する気持ちもわかるよ。
君たち、あの事件を題材に、少し刑法の勉強をしてみようか。のめ吉君、点滴に薬物を混入して患者さんが亡くなった場合、どんな犯罪が成立するかわかるかい?
そりゃあ、殺人罪でしょう?
必ずしもそうとは言えん。殺人罪が成立するには、殺人の故意が必要なんだ。
恋?殺したいほど愛してるってことかしら?
故意とか、過失とか、の故意ですよね、博士。殺そうと思ったら、殺人の故意ありなんじゃないですか。
そうではない。一般的には、殺人の故意が認められるには、自分の行為によって人が死ぬということを具体的に認識している必要があるのだ。ただ、被害者が確実に死ぬかはわからないけど死んでもよい、と考えていた場合でも、「未必の故意」といって故意が認められることに気をつけたまえ。
次に、犯人が患者Aさんの点滴に毒物を入れたが、それを知らない看護師が、誤って患者Bさんに点滴してしまったときは、犯人に殺人罪は成立するだろうか。
Aさんが死んでないんだから、殺人罪は成立しないわ!
でも、Bさんは死んでるよ。
刑法では、こういうのを方法の錯誤というのだが、一般的な考え方に従うと、犯人にはBさんに対する殺人の故意が認められ、殺人罪が成立するとされている。ちなみに、この考え方によると、Aさんに対する殺人未遂罪も成立する。まあ、事案によっては本当に因果関係があるのか、という問題はあるが、ここではそれは置いておこう。
ダブルで犯罪成立なんて、犯人としては、損な気分ね。
では、最後の問題だ。医者が薬物をA子さんの点滴に混入したが、そのことに看護師が気付いてしまった。しかし、この看護師がA子さんのことを嫌っていたので、死ねばいいと思い、そのまま点滴をして患者を死なせた場合、どうなるだろうか。
わかった!看護師とA子さんとで医者を取り合う三角関係のもつれでしょ。こういうのは残った二人も結局上手くいかないのよね~。
(スルーして)看護師が殺人の故意を有していたということは、看護師に殺人罪が成立します。
看護師に殺人罪が成立しそうじゃが、医者と看護師は共犯になるか、という議論がある。
そんなの愛があるから共犯に決まってるじゃない?
愛は刑法では関係ないのじゃ。
刑法って冷たいのね。
一般的な考え方によれば、お互いに意思の連絡がないので、医者と看護師は共犯にはならない。それから、医者について言うと、看護師が途中から加わったことで、医者の行為とA子さんの死亡結果との間の因果関係がなくなる可能性もある。その場合は、医者は殺人未遂罪になってしまう。
そんなの愛人を消そうとした医者の犯罪が軽くなるなんて、A子さんが浮かばれないわ。「医師」なんだから「意思の連絡」があったに決まってるじゃない。
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